とりあえずウクライナ事情から見てみよう。
その後も、1700年代に始まったロシア帝国(狭義にはモスクワ大公国)・スウェーデンの大北方戦争では、ヘーチマンのイヴァーン・マゼーパ派がロシアからの独立を望みスウェーデンと同盟した。しかし、ポルタヴァの戦いでピョートル1世のモスクワ軍に敗れ、モスクワからの独立は露と消えた。1783年のクリミア汗国の併合などにより、現在のウクライナ東部と中央部にあたる地域はロシア帝国に併合され、西部はポーランドの支配を経た後、1772年のポーランド分割によってハプスブルク君主国の領土となった。
19世紀に入ると、ロシア帝国の抑圧政策と全ヨーロッパで流行した民族主義の影響により、ウクライナ人の民族運動も盛んになった。また、現在最初の「ウクライナ文学」とされているイヴァーン・コトリャレーフスキイのパロディー叙事詩「エネイーダ」もこの時期に書かれた。
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